YUKI 『うれしくって抱き合うよ』(2010年)

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昨年末、僕がツイッターでフォローしている人達の間で行われた年間ベスト発表や、音楽ブロガーの年間ベスト。そこに並み居る話題作(特にインディーものの洋楽なんか)と共に、この作品がランクインしていたのをたびたび見かけた。
YUKIについては、「歓びの種」「長い夢」などが良い曲だな、などとは思っていたけどまともに聴いたことが無かったので、この際だからと聴いてみたのだった。ちなみに、ジュディマリもマトモに聴いておらず、聴いていた記憶があるのは「そばかす」1曲のみであるw


さて、とりあえず一番言いたいことから書いてしまうが、表題曲であるM-9「うれしくって抱き合うよ」が本当に素晴らしい。年内に聴いていれば楽曲としては一位にしただろう。歌詞については、完璧だ。いつも以上に感情的で個人的な文章になってしまうが、僕は、暫く恋とかいうものをしていない気がする。ましてや人生で、他人を愛したことなど一度でもあっただろうか?振り返ってみてもそう思ってしまう。愛など知らない・・・というのは可笑しな話だが、二十数年生きてきてもこれなのだから、僕自身の考え方にどこか致命的な欠陥でもあるのかもしれない…のだが、そんな自分でもこの曲を聴いたとき、「これがラブソングというものなのか」と涙した。涙が自然と出ていた。(まあ、僕はよく泣く人間ですが)

歌われているのは紛れもない愛である。恋人への性愛、家族への愛、音楽への敬愛。
特に、一番目に挙げた愛については露骨な言及がなされている。このYUKIといういい年こいた女性が、ふつーにセックスを歌っていることが素晴らし過ぎる。「甘い匂いをまき散らして/僕らはベッドに潜り込んだ」「なんて卑猥なんだ君の歌」「捧げたい僕を/君の広い宇宙に/あるだけの夜に/あるだけの花びら」。おそらく裸で向かいあった2人の心の機微を捉えた比喩の積み重ねは、とてつもなく甘く、緊張感すらある。
しかしそこに微かなエロチズムはあったとしても、ベタついた感触は無い。愛する人と身体を重ねることは、別に特別な事でも何でもないからだ、とでもいうように、あくまで耳触りの良いポップスとして展開されている。しかし、この歌はその人と重なり合った時に感じる体温を、歓びを、全力で肯定する。そして、幸せになることは、決して罪なことではない。そう歌っているように僕は思う。「欲しいものなど最早無いんだ」、そこには空のココロが「満たされた」幸せを当然描いているが、何故かこのラインでは僕は「満たされてしまった」という後ろめたさや、「本当に幸せでいいんだろうか?」「これが幸せなんだろうか?」というような懐疑が込められているように感じる。親でもあり、様々な経験を経たYUKIだからこそそう感じるのかもしれない。それでも、それでも彼女は幸せを恐れるな、と歌っているのだと思う。

蛇足になるけれど、ほぼリアルタイムで対面した国内ロックバンドの中では僕の中で最良の存在の一つであったSyrup16gは、苦悩の末に「愛しか無いとか思っちゃうヤバい」と歌っていた。愛とか恋とか信頼とか希望とか、そんなものをすべて疑い距離を置いてきた彼等が渋々だしたであろうその仮の結論の、その先でYUKIは「ヤバいと思ってるけど、その先に進むよ。」と言っているような気が、僕にはした。



もうこの1曲だけで十分ではあるのだが、アルバム全体にざっと触れておくと、サウンドは70年代後半~80年代に栄えたAORを強く意識したものであるようで、ジャジーな感触がところどころに感じられる。邦楽でAORをやってもそれってJ-POPにならね?という疑問に対しては、この作品は弱いところがあるように思う。つまり、添えられるだけのピアノやストリングスは極めてJ-POP的だともいえるのだけれども、全編に通底するこのメランコリックさが、ギリギリでその辺のJ-POPとは一線を画している、と言ったところだろうか。


壮大なストリングスと解放感のあるサビでのダイナミックなサウンドが印象的な「朝が来る」、ビート感のあるロックチューン「プレゼント」、ジャズ・ポップといえそうな「COSMIC BOX」、「ランデブー」「just life! all right!」「チャイニーズ・ガール」の3曲はエレクトロ・ポップっぽい一面をのぞかせる。「恋愛模様」は、今の椎名林檎が喉から手が出るほど羨ましがるであろう(ヘンな日本語)一昔前の歌謡チックなロマンチック・ソングだ。当然ながら乗るメロディーとYUKIの声は抜群であることもあり、この辺の楽曲も見事である。


「うれしくって抱き合うよ」以外で、本作を象徴するのは「ランデブー」での「歓びも哀しみも/人の行く道/寄り添っているから」というラインだ。人生、いや、この日常生活での一喜一憂こそ人間の生活の象徴なのである、ということ、そしてそれを過剰に評価するでもなく、それと「寄り添って」生きていくというのが、本作のメッセージだ。


「朝が来る」で始まり「夜が来る」で幕を閉じるこのアルバムは、かつて僕が当ブログで記事を書いたアルバムと比較するならば、夜から朝へと希望と解放を求めるアジカンの『ワールドワールドワールド』とはコンセプトとしては真逆であり、eastern youthの『地球の裏から風が吹く』に近いと言えるだろう。それは朝から夜へ、その繰り返しという日常のなかでの、ささやかな喜び、楽しみ、幸せ、そしてその裏に必ず在る悲しみや空虚を、フラットに受け入れていくということなのだろう。


アルバムとしては、やはり何度聞いても終盤に握力が無いかな、と思う。また、(M-9以外の)歌詞については、彼女の独特な言葉選びもあるのだが、あまり奇抜な言葉を使っている印象は無く、その辺にJ-POPスレスレ感を感じてしまわなくもない。もちろんファンタジックな世界を思わせる歌詞は多いし、M-3「COSMIC BOX」での、月に住むような未来にいる人物の描写などは面白い。だが、やはり多くは愛する人と抱き合ったり、手に触れたりすることでの温もり・幸せを歌っている。歌っているの、だが、(何度も意見をころころ変えてまどろっこしいのは分かっているが)彼女は敢えて、特別に奇抜な言葉を使わず、それはつまりポップスらしく、それを必死に描いているように見受けられる。丁寧にすら感じる。結論は「やっぱ愛」なのだが、そこに至るまで緻密に言葉を、そしてもちろん音を、積み上げていると感じられる。


それでも重ねて言うけど終盤は弱いかな?とは思うし、まだまだ彼女の言葉選びの全てを理解出来たわけでは無いけれど、素晴らしい。素晴らしいポップ・ミュージックは常に両義的であるハズで、つまりは光も闇も、希望も絶望も背負うものだと思うけれど、これこそまさにポップ・ミュージックなのかと、涙する。そんな傑作。とにかく他がピンとこなくても表題曲だけは必聴でしょう。



評価:8.6




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