andymori 『ファンファーレと熱狂』(2010年)

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andymoriの2ndアルバム。最初に聴いたときは1stよりも全体的に穏やかで落ち着いた分、フックが足りないように感じ、聴いていたらいつのまにか終わってしまうアルバムだと思っていた。「CITY LIGHTS」「ずっとグルーピー」なんかは1stにあった前のめりで勢いのある曲だが、それでも控え目な気がする。
歌詞は、なかなか具体的な風景を描こうとはしない、いや、しているのだろうが、言葉が絞られているように感じた。だから最初聴いたときはうっかり聞き流してしまったのだろう。


それでも1曲目の「1984」はダントツでピンときた。アコースティック・ギターの音色とファンファーレに導かれ、どこか懐かしい空気を醸し出すサウンド。「椅子取りゲームへの手続きはまるで永遠の様なんだ」と、競争でしか成り立っていない世の中を一言で言い当て、「疑うことを覚えたのは戦争映画の見過ぎか」と、そんな分析をする自身を自虐する。
「親たちが追いかけた白人たちがロックスターを追いかけた/か弱い僕もきっとそのあとに続いたんだ」。このラインは本当にグッときた。最近でもツイッターで「やっぱりロック・ミュージックは伝承音楽だね」なんて話も出てきてたんだけど、そんなことがこのラインに詰まっている気がする。所詮僕らは黒人に憧れた白人に憧れる日本人なわけで、それをこの小山田壮平率いるandymoriは十分理解しているのだろうし、そこにロマンを見出している人間なのだろう。



ジャパニーズ・フォーク的な生活感漂う日本語ロックの新星。そんな1stから、都市の風景を切り取る吟遊詩人へ進化・変化した、などとカッコつけて言うならそんな感じか。

サウンドは、シンプルなアンサンブルながら既に洗練されているように聞こえる。クリーンやクランチのギターをかき鳴らしながら、軽快なリズムを叩きながら、ベースはうねりながら、でもある意味淡々としている。そこには歌にひっそりと寄り添うサウンドがある。

彼らが本作で描く景色は様々で、というかいろんな光景やいろんな人物がカットアップか、はたまたコピー&ペーストされたかのように散逸されたように散りばめられている。(その辺がいまいち何を現してるのか良く分からん部分も多々あるが。)
東京の駅であったり、時には田舎道であったり、バグダッド、アメリカ、ベニス、ポリネシア、所沢に高円寺…。車椅子の死刑囚にたまには歌う教会のシスター、グルーピーたち、アルコール漬けの男、イスラエリー、盲目のシンガー、釣りのおっさん。彼らは別に何も語ろうとしないが、しかし小山田壮平によってただただ生きている姿だけが切り取られていく。時に彼は、哀しんでいるように問いかける。「シスター/君もやるのかい/いろいろ」。「クレイジークレーマー/美しさって何だろうね」。その、淡々とした冷徹な視線と、それに耐えきれず時にこぼれる感情。そのギリギリのバランスが、本作の素晴らしさなのかもしれない。(付け加えて言うなら、そんな視点と洗練されたサウンドが、今までフォーキーなJロックとしての評価だけだった彼らに、スヌーザーがふてぶてしくも近づき、評論家や洋楽好きにも高評価された理由なのかも。)



「1984」以外で素晴らしい曲を挙げると、まず「16」。

「どこにもいけない彼女たち/駅の改札を出たり入ったり/変れない明日を許しながら/なんとなく嘘をつくのさ」
「昔の誰かに電話して/貰った花をまた枯らしながら/今度吞もうねと嘘つくのさ」

この辺のラインは見事すぎる。人と別れたって、その時貰った花なんてもう次の日には忘れてしまう。「今度飲みに行こうよ!」だなんて、ただの社交辞令に成り下がっている言葉で、それに対し何の疑問すら感じなくなってしまった。「どこにもいけない彼女たち」とは遊び歩く女子高生かなにかだろうが、それは結局、都会で生きる自分達のことでもあるはずだ。


「オレンジトレイン」。この曲以外でも、本作に何度も出てくる「人身事故」はキーワードなのだろう。誰かが自殺したことを日常の一風景として黙認出来るこの街。それを否定するわけもなく、ただ少しの後ろめたさだけ、僅かながら思い出そうとするようなこの曲は、現代の日本と現代の人間を切り取っている。


そして「SAWASDEECLAP YOUR HANDS」。空虚な時代、空洞の都市。生きているからには必ず背負うであろう重り、悲しみを冷徹に切り取ってきた彼らも、ここでわずかに反抗する。

「教えてくれ/こんなにも青い空の下/みじめになって歩いて眠るよ」。多くの人間が混じりあい、多くの光景や文化が混ざりあい、そんな中でどんどん傷つき、疲弊していく。旅する=生きるとはそういうことだろう。それでも「行き先なんか知らん/騙されて乗り込んでいくんだ」と、疾走しながら歌うこの曲は、ライブやフェスでも映えそうな曲で、是非生で聴いてみたい。



ラストの「グロリアス軽トラ」を聴いても強く思ったが、本作は退屈な日常に、音楽が寄り添うような光景を描いているのかな、と思った。どこにもいけないけど、音楽だけは何処へでもいける。何処へでもトリップ出来る。そんなことを感じたし、もし本作のメッセージの一つがそれならば、僕にとって2010年はそんな「繰り返しの生活」と「音楽」の2つを強く結ぶことを意識した作品を、よく聴いた一年だった気がした。ミイラズ、アジカン、andymoriしかり。


勢いがあって、諦めと退屈と衝動、ロックへの純朴な愛を吐き出したかのような1stの方がやはり思い入れはあるもの、本作が評価されているのはとても良く分かる。これはクソみたいな日常に寄り添うサウンドトラックだ。


評価;8.4






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