ASIAN KUNG-FU GENERATION 『マジックディスク』(2010)【1】

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話題作だったのでまずは全曲レビュー。


1 新世紀のラブソング

喜多健介の逆回転ディレイ・ギターが印象的なイントロ。前半は非常にヒップホップのトラック的で、乗るのもラップのような歌唱。この曲が出たとき「こういうの求めてない」みたいなファンの反応もあったみたいだが、僕はハナからアジカンらしい、というかゴッチらしい曲だと思った。高校時代、野球少年だったときにセカンドフライが取れなかったことを未だに後悔し、日常の鬱屈を掃出し、911に言及し…。そしてギターのディレイサウンドや、ヒップホップを意識したリズム。今までアジカンを追ってきた人間ならすべてピンと来るだろう。後藤らしさ全開の楽曲。
スヌーザー(2010年6月号)では磯部涼に「この期に及んで911と過去の失恋を重ねるという想像力の薄弱さは不勉強を通り越して不謹慎」だと言われているが、そういうことではないと思う。そもそも音楽界の有名どころで911に反応したのってキングギドラくらいで、作者が今思ったなら今言わなきゃならないんじゃないの。この曲は過去の個人的なことも、911のような大きなことも、全て並列に扱っている。それは、全てが繋がっているからだ、地続きなはずだという後藤の考えに基づいている。いわば、空虚な時代のサンプルとして抽出しただけに過ぎない。
最後の「息を吸って/命を食べて/排泄するだけの猿じゃないと言えるかい?」という問いに対する答えは難しいが、多分彼らはそうではない、と言いたいのだろう。
ちなみに、「旧石器」とは「旧石器時代」的な意味合いのようだが、僕は兵器・武器のことを過去の遺物として旧石器と言っているのだと思っていた。w


2 マジックディスク
表題曲。リズムがヘンな感じだが、パッと聴くと本作で一番従来のアジカンっぽい、エモーショナルなギターロック。間奏ではスライサーという空間系エフェクターを使っており、スペイシーで不思議な感じに仕上がっている。歌詞はCDが無くなるぞ、でも俺たちはアルバムをCDで出すよ。という本作の意思表示に感じる。「特に名前の無い/この喜びを集めて/今一つ抑揚のない/日々に魔法を仕掛けて」という部分はアルバムの本旨と言えるだろう。


3 双子葉
強烈なツービートから始まるものの、一転して穏やかな曲調へ。この辺は『ワールドワールドワールド』の「旅立つ君へ」での経験が生かされているだろう。
「あの話はどうなったの?」「そういえば先週はどうだったの?」というところは教室で友達の会話したり、別グループの奴等の話を盗み聞きするような、そんな感覚に個人的には陥る。
日常感のある歌詞は前作 『サーフブンガクカマクラ』での私小説的な試みが生かされているように感じる。そして相変わらず「消えるよ/いつか彼らも/いつか彼女も/君だってそう」と、永遠に続くものはこの世には無いことを歌う。
アウトロのギターソロは泣きのソロと言う感じで、喜多さんいい仕事した。Oasisの「Don't Look Back In Anger」のギターソロを髣髴とさせる。


4 さよならロストジェネレイション
イントロはピクシーズやペイブメントっぽいと思ったのだが俺だけだろう。ちなみにツイッターのゴッチの裏アカ(インタビュー用)で「ピクシーズやペイブメントの影響ありますか?」って訊いたら「持ってるの俺だけじゃないかなあ。」だそうです。笑
終盤のアンサンブルにはウィーザーの青盤なんかを思い出させる、ある意味エモい曲。歌詞は彼らの世代「ロスジェネ」について歌い、「「暗いね」って君が嘆くような時代なんてもう僕らで終わりにしよう」という。これが彼らの今のモードなのだろう。


5 迷子犬と雨のビート
シャッフルビートとコード感のあるギター、そして高らかに鳴らされるホーン。「アンセム」を作ったというこの曲は確かに昂揚感がありスケール感もある。シングルで出たときはメロディーが微妙だと思ったが、アルバムに入ると良い感じに思えた。
「人々は厚い雲で顔を隠して/行き場の無い想いをずっと持って研いでいる/何もない街に埋もれても」のラインは閉塞感のある現代をうまく表していると思う。
そしてサビ「僕たちの現在を繰り返すことだらけでも~」は素晴らしい。「夜の街角の/土砂降りになって震える迷子犬も/きっと/はにかんで笑う/そんな日を思って/日々を行こう」。ここは、特に「はにかんで」っていうところがアジカンらしい。大笑いするわけでもニッコリ笑うわけでもない。あくまで、冷たい雨の中で弱弱しくはにかむというところに、彼等のある意味の慎重さがある。いつでも彼らはキラキラしたものや、前進する原動力を<「弱い」魔法>として表現してきた。


6 青空と黒い猫
透明に澄んだクリーンギター&フェイザーのサウンドが印象的。比較的地味な曲だと思うが。
Bメロに入る瞬間とかやっぱ初期ウィーザーっぽいなと思う。
モチーフは戦後の日本。焼け野原から、人々が再生へと向かっていく光景だ。「それは僕だ」「或いは君自身だ」と歌うところを見ると、この戦後直後の焼け野原は、今現在の「豊かで満たされているように見えて、絶対的に空虚」な現状と重ねているのだろう。


7 架空生物のブルース
この年、YUKIの神曲「うれしくって抱き合うよ」に唯一対抗できたのはこの楽曲だろう。少年性や青さを保持し続けていたアジカンがようやく解禁したセックスソング。
ストリングスやピアノが入っているが、一般的なJ-POPには聴こえずちゃんとアジカンに聴こえるのは流石。
ベタつかないエロチズム、「悲しみの在処をふたりで掘り当てたら/お別れだね」なんてところは、僕が敬愛するART-SCHOOLの世界観なんかにも近い所にあると思う。
「ありもしない羽根で空を飛ぶ日を思う」と言うところが、「僕らには何もない」ことをずっと歌ってきたアジカンらしい。


8 ラストダンスは悲しみを乗せて
後藤は伊地知に対して「アフリカのビートなんだよ!」とか言ってたらしいこの曲。クッキーシーンのインタビューでトーキングヘッズの話になったのもそういうことなんだろうな、まあUSインディーにトロピカルなビート流行ってるし。
個々の悲しみを肉感的なダンスへと促す、ダンス・トラック。「「アイ・ラブ・ユー」では遠いよな/反吐が出るほら/嘘くさくて」というのはJ-POP的な言葉選びから距離を置いてきた後藤の実感だろうが、「新世紀のラブソング」といっちゃう通り、今こそただの恋人への近視眼的ラブソングじゃなく、ちゃんとした包括的な愛とか歌わなきゃいけないんじゃないの?という意志も感じるわけで、ラストのラインはそういうことなんだろう。


9 マイクロフォン
「サーフブンガクカマクラ」に入ってても良さそうな軽快なパワーポップ。クランチ気味の、微妙過ぎる歪みのギターが小気味よい。デジタル風味のシンセも入ってくる。「悲しみも希望も全部拾って」と歌うところが、理想も現実も両方ともないがしろにしない(これまた)後藤らしい。後藤はアルバムから外そうと思ったらしいが、メンバーが意外と気に入ったので収録されたという。


10 ライジングサン
NYでレコーディングされた、アコギとヘンテコなリズムの曲。歌の割符も独特で良い。そして、シンセ(厳密にはPC内で作った音らしい)がフワフワ浮いているのが、アコギの音や隙間だらけの音作りと相まって、オーガニックな雰囲気を醸し出している。
歌詞はかなりアツい。常に失っていく日常に対して「それがだって命よ/だから僕は祈りを」と歌う。最初に「生まれたばかりの朝陽が/燃え尽きる時を思うように/ただ燃えている」、最後には「燃え尽きるときを拒むように/ただ燃えている」と、対比で描いているのが上手いと思う。


11 イエス
これまたNYでレコーディングされた。元スマパンのジェームズ・イハのスタジオである(初回特典でもその姿を確認できる)。喜多さんはイハが所有していた黒いレスポールをこの曲で弾いている。
言葉が詰め込まれ、コードチェンジ早めの忙しい楽曲。
「「繋いで」それだけを頼りに意気込んだ彼ら」とはまさしく過去の彼等自身で、「屍/かき集めるなら/新しい何かを」と続く。過去との決別を現した曲で、それほど本作に込めた、開けた音と言葉に確信があったのだろう。
「安直な共感を望んでアンドロイドのようになってしまう/本当はそうではない」「「孤独」なんてバイブルに僕らはもう用がない」辺りは辛辣。
しかし、もうちょっと歌詞を聞き取れるようにしてほしかった。せっかく「イエス」と「神」をかけたり「凍るリング」と「降臨」で韻踏んだりしてるのに。


12 橙
本編のラストトラック。彼等お得意のオーソドックスなパワーポップになっているが、間奏ではまた空間系エフェクトがかけられており、「混ざり合っていく」ような感覚に陥るような不思議な、広がりのある音像が見られる。
歌っていることは、リストカットの少女から、東南アジアで死んた日本兵士、まともな教育も受けられない海外の子ども達……しかし、そんな彼らの想いは置き去りのままなのではないか?と。
しかし、そんな想いが混ざり混ざって、なんかいい方向に向かえばいいよね、っていう曲。甘ったるい理想主義ではあるが、バンドアンサンブルにして、歌にするとカタルシスが生まれちゃうから不思議。「何一つ残らなくなって/君が笑えばそれで/雨は上がって」っていうのは安易だと思うけど。



13 ソラニン
ボーナストラック。あくまでボートラである、と強調されていたのは歌詞が浅野いにおだし、この曲は映画ありきだし、世界観も本編とは違うから。たしかツイッター裏アカで、「ソラニンの曲自体のメッセージには同意できない」みたいなことすら言っていた気がする。
まあ、以前記事にした通り、本編では日常の何気ない喜び、繰り返しの日々を肯定してるのに、ソラニンが「たとえばゆるい幸せがだらっと続いたとする/きっと悪い種が芽を出して/もう/さよならなんだ」という、そんな日常繰り返しても鬱エンドだよ、みたいな感じになっちゃうよね、これ本編入れたら。「双子葉」で種を撒こうって言ってるのに、「悪い種が芽を出して」だったらダメだよね。いつか絶対に喪失してしまう、という内容はアジカンの今までの曲自体にはリンクするものがあるとは思いますけど。
曲の方向としては、衝動的(映画のために敢えて衝動的な曲を意図したらしい)でエモーショナル。コーラスをうっすらとかけたであろうクリーンギターた、ラストのオクターブ奏法のぐわあああああっていう切羽詰まったギターが涙腺を緩ませます。



後編へ続く。

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