Mr.Children 『SENSE』(2010年)

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ミスターチルドレンの音楽に入れ込んだことは、いままでの人生で一度も無い、と言っていい。中学校の頃は友人からもらったテープに何曲か代表曲が入っていたり、兄がミスチル好きだったらしく「花」のシングルが家にあったりしたし、高校のときは「掌/くるみ」のシングルは聴いていた。でも、アルバム単位で聴いたことは殆どなく、比較的最近になって 『It's a wonderful world』を聴いた(これも事情があるのだが割愛)くらい。

たしかに僕が小学・中学校のころのミスチルは、本格派というか、エッジが立っているバンドというイメージがあった。しかし高校や大学時代にかけては、ミスチルはJ-POPの一員となってしまったと言っていい。大仰で、バンドサウンドを殺しているかのようなコバタケアレンジに、バラードの連発。そんな存在となった彼等は正直な話、僕とっては仮想敵ですらあった。
「国内音楽シーンを変革するため、敢えてポップチャートに飛び込んだ」という話もホントかどうか知らないがちらほら耳にしていたが、本当だとしてもそれはまさに「ミイラ取りがミイラになった」んじゃないの、と思っていた。


しかし本作、発売前にプロモーションを一切行わず、全曲CD化されるのは初の楽曲であったというし、ミスチル好きの知り合いからの評判が良くて「昔の頃に戻ったっぽい」とのことだったので、聴いてみたのだ。


M-1の「I」。コード弾きのアコギと機械の様なドラム。乗る歌はかなり暗く悲痛。
「もういいでしょう!?/これで終わりにしよう」「散々好き勝手に生きてきて/まだ何を欲しがってるんだい?」「処方された薬にすがりつく「I」」など、絶望的な言葉が飛び出す。おお、Syrup16gにも通じる感じがあって好感触と言うか普通に良い。「泣いて傷ついたフリして/気を引いてみようかなあ」「挙句には死にたいとか言い出すんでしょう?」とか、スゴい。「支持してくれるスポンサーに媚を売る「I」」のライン、その辺のバンドならともかくミスチルみたいなビッグバンドが歌って大丈夫なのか?かなりの決意が見える。

M-2「擬態」。これも近年の彼らのイメージとは違って若干暗いのだが、サウンドや歌詞は比較的オープンになっている。滑らかなピアノ・ロックという感じ。「ビハインドから始まった/今日も同じスコアに終わった」「積み上げられた夢の位牌」というセンテンス/フレーズでは、日常生活の繰り返しから摩耗していく人間の様子が描かれている。
「アスファルトを飛び跳ねる/トビウオに擬態して/血を流し/それでも遠く伸びて」は、都市に忙殺され翻弄されていく現代人を現している。
また、「いつか殺めた自分にうなされ目覚める」というのは、天下をとった彼らが、まだまだ大衆に媚びない意志を表しているのかもしれない。
Cメロ・ブリッジの「富を得たものは~」の一連のくだりは「そんなこと分かってるわ!」と思わざるを得ない、極めてステレオタイプで説教くさいが、曲全体としては現代の観察者としての厳しい視点が横たわっているが爽快なサウンドに纏まっている。


M-3「HOWL」も、僕なんかならグレイプバイン的と言い表しそうな(っていうかバインがデビュー時にミスチルフォロワーって言われてたんだけども)歌唱やメロディーの乗せ方で突っ切るロックンロール・チューン。日常を刻む上での疑問、いったいどこまで行けばいいんだろう?みたいな不安を歌いながらもあくまでピアノやシンセがポップなメロディーをなぞるので爽快だし、演奏もパワフルだ。


この辺までは、今まで持っていたイメージと違って、意外とバンド・サウンドが聴けるし、今や悪名高い(?)コバタケ・アレンジもそんなに気にならない。


M-4「I'm talking about Lovin'」は生活感のある軽快なラブソングか。もっとドラム利かしたほうが軽快なんだろうけどとか、とうとうピアノが前面に出てきてストリングスも出しゃばってきたなとか突っ込みたいけど我慢。
M-5「365日」はCMでも流れているピアノ・バラード。これに関してはもう、僕のミスチル・イメージと完全に一致する曲(笑)。しかし「針の穴に通すような願いを繋いで」とか流石の言葉選びだと思うし、「365日の言葉を持たぬラブレター」って素敵な表現じゃないっすか。や、純粋にそう思いますってば!昔の僕なら殺意を持ってたと思いますが、僕も結構いい年ですからね。たまにはいいんじゃないですかね。
でも、流石に内容は「どんなに渇いていても君がいてくれたら満たされる。だから君への愛よ届け」っていうベタベタ過ぎる感じで、流石にため息。まあ、今度カラオケで歌おうっと。笑


M-5「ロックンロールは生きている」は、まさか神聖かまってちゃんへのアンサーっすか?と驚くわけだけど、イントロは極めてデジタルなエフェクトを生かした感じで「おお、これは??かっこいいぞ!」と思うのだが、突然アコギ弾き語りの歌が入ってきてずっこける。裏打ちのリズムで踊らせるような楽曲。彼等もこの空虚な時代で苦悩していることは伝わるが、ロックンロールという割にはもうちょっとバンド・サウンドを…と思わなくもない。間奏では怪しいデジタルサウンドやシンセと思しき音で翻弄する。かっこいいけども、ロックンロールか?と。そもそも「日本のロックンロールを殺したのはお前らではないか」と言いたくなるのはもうどーしょもないです。


落ち着いていて洗練されたアレンジに艶のある歌謡曲的なラブソングであるM-6「ロザリータ」、ピアノバラードであるM-7「蒼」、映画ワンピースの主題歌だったはずのM-8「fanfare」。この辺はホント、ミスチルって感じか。残念ながらつまらなくなってくる。「蒼」なんかは、確かに歌詞は誠実だと思うのですけど。まあ「fanfare」も、ギターラインとか結構面白いし、全体から発生する祝祭感は流石に見事だと思います。サビ以外の部分が総じてウザいけど!でもなんか2010年のブロークン・ソーシャル・シーンの「Meet Me In The Basement」への日本からの回答、みたいな。テキトーなこと言いましたすみません。


M-10「ハル」、M-11「Prelude」、M-12「Forever」の終盤は、もう「fanfare」で大団円でいいのでは?と思ってしまう。お腹一杯ですもの。「Prelude」なんか、悪くなくて「要らないぜ客観視なんて/息絶えるまで止まらないで」とか。でも「自分探しの旅も終わりにしようか」っていうのも、そういう風潮にすら僕は立ち向かいたいとすら思うし(自分探しは甘えだろうけど、それを否定するオトナの夢の無さにもうんざりする)、やはりこのいかにも盛り上げてやろうというサウンド・アレンジが、こう立て続けに並ぶと僕だってうんざりしてしまう。
アルバムのラストを飾る「Forever」が、極めて個人的な失恋ソングもしくはラブソングであるのもあまり印象は良くない。「「君の好きな僕」を演じるのは/もう演技じゃないから」など、なるほどなーとは思うものの、でもそれって本当に自分に正直なの?と疑いますよ。

彼らの作品を殆ど聴いてない人間だけれど、こういうやり方をずっと続けてきたんでしょう?それでもまだやりますか?そこに自己反省やマンネリ打破しようとする気概や、自浄作用は無いのか?しかし、これも国内ロック/ポップスを担い背負うバンドとしての使命感なのだろう・・・。




今までアルバム単位で殆どミスチルを聴いてこなかった人間として書いてみた。総じての感想は、前半はかなり良かった。ここで、かつてあっただろうロックバンドとしてのエッジを甦らせようという意思が感じられた。しかし、後半は流石にバラードやコバタケアレンジ全開の曲を、配置しすぎな気がする。そういうバンドだと言われれば諦めるしかないが、アルバムのバランスは悪いと思うし、後半はうんざりするのが正直なところ。


本作がどうネット上で言われているか検索してブログ等見て回ったのだけれど、その中でなるほどと思ったのは「『深海』の時のような曲は作るが、『深海』のようなアルバムは作らない」という文章だ。そういうダークで、重いお現状認識をそのまま描く曲もやりつつも、基本的にはJ-POPアンセム量産を担う、そのバランスは今回前者のダークな楽曲に寄った部分もあるんだろうが、やはり立ち位置的には後者であることを維持した作品、といったところなのだろう。
個人的好みで言えば、前半良かったのに後半惜しいと思った作品。




評価:7.0




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この記事へのコメント

cars
2011年11月24日 14:03
素晴らしいレビュー!!
ちゃんと褒めるとこは褒めて毒をつくとこはつく。ファンの人のレビューは毒つくとこもベタ褒めだからどうも、・・・なんです(失敬;
たびけん
2011年11月27日 00:11
>carsさん
ありがとうございます。
今まで殆ど聴いてこなかった人間として書いた、という感じですかね。いろいろ本作のレビューを見た中で、以前からのファンの方でも「昔に戻った雰囲気あるけど、その実はいままでのJ-POP背負う感じは手堅く維持してるよね」みたいな話書いてる人が居て、参考になりましたね。

僕はこれから深海とかボレロ辺りのミスチルをちゃんと聴こうと思っています。そうすればまた印象は変わるかもしれません。
光衛門
2019年02月21日 13:14
僕は沖縄県浦添市港川緑ヶ丘に住んでいる光衛門と言うものです。
僕の知り合いに玄パーと呼ばれている元暴走族上がりのヤクザがいて中学時、パー券と呼ばれるパーティー券を二万円位で売っているので玄パーとよばれてると思います。

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  • フェラガモ 靴

    Excerpt: Mr.Children 『SENSE』(2010年) 空白依存症/ウェブリブログ Weblog: フェラガモ 靴 racked: 2013-07-03 19:58